「ダチョウに乗ってみない?」
 朝食のフォーを食べているときに、ゲストハウスのオーナーが突然提案した。
「ダチョウ?」
「楽しいと思うよ、タクシーで行くから何人かいるといいな」
 ベトナムのホーチミンに来て三日目、ベタな観光地をあらかた行きつくして、残る滞在で何をしようかと考えていたところだった。それは初めてに等しい海外旅行だったので、日本人が経営している宿に宿泊していた。しかし、三日経っても日本人であるオーナーの素性はよく分からない。何日か前、夕食の屋台を共にしたときに「世界各国を旅したあとで、たまたまベトナムでゲストハウスを始めた」と自己紹介をしていた。他にもでてくる世界各国のエピソードがたくさんある辺り、曰くつきの人にみえた。ダチョウ乗りの件をもう少し詳しく聞くと、半年前にゲストハウスの宿泊者を連れて行ったときには、ダチョウがかなり暴れて振り落とされた挙句に脱臼までしていたので、お蔵入りしていた観光地ということだった。宿泊者で実験しようとするオーナーの人間性を一瞬疑ったが、内容としては面白そうである。しかし、誰も乗らないので自分から手を上げた。ぼくが参加することになると、雰囲気体育会系の元気な男の子と、その彼といい感じになっている女の子が便乗した。
 二足歩行の大型の鳥といえば、「チョコボ」の事を思い出す。
 「チョコボ」とは、ゲーム「ファイナルファンタジー」の世界に出てくる大型の飛べない鳥で、大きな頭と嘴を持ち、主に陸上の乗り物として用いられている。ぼくはFFシリーズで遊んだことが無いのだが、小学生の頃に友達が下敷きか何かに描かれたそれを必死に説明してくれて、なんとなく設定を知っている。そして、ゲームには興味を持たずに、大きな鳥に跨って大地を移動するその行為に興味を持った。地面が蹴られる感覚を肌で感じながら、草原を走る様を想像した。幼少の男の子として限りなく広がった夢の中で、「二足歩行の動物に乗れないものか」と思っていたのだった。またとない機会である。
 参加者が出揃ったところで、受付スタッフがタクシーを配車した。日本語が堪能で料理もできる優秀なベトナム人のスタッフが待機していて、オーナーが毎晩のように滞在者との会食と称してお酒を飲んでいることを不満げに思っている。原付バイク社会のベトナムでは平日なかなかお酒を飲めない。かわりに彼女たちは、四六時中とにかくスマートフォンを離さない。SNSを眺めては、映える成功者をみては何かを言い合っている。
 まもなくやってきたタクシーに乗り込む。ホーチミンの市街地を抜けて、郊外に向かう国道に出た。片側三車線の大動脈の傍に、鉄道の高架線がつくられていた。ちらほらと高層マンションも立ち始めている。田畑しかないこの辺も、先数年で一気に発展していくだろうとオーナーが説明した。
 乗り合わせた体育会系の男の子が、昨夜の酒と車で吐きそうになった女の子を揶揄って笑う。どちらもちょうど二〇歳で、それぞれ関東と関西から来ていると言っていた。昨夜は彼らと外資系のクラブに遊びに行っていた。しかし、クラブの終業間際になって、鍵を持って一緒に付いてきた日本人の住み込みスタッフが男と消えてしまい、UBERタクシーでみんなで帰宅したのだった。鍵もないので、呼び鈴でオーナーを叩き起こしてドアを開けてもらった。消えたスタッフの彼女は、我々が朝食中にバイクタクシーで帰ってきて、「昨日のヤツは、ちょっと元気すぎた」と昨夜の一戦の所感を赤裸々に述べるのだった。
「ダチョウに乗るのって、チョコボみたいな感じかな」
 さりげなく話題にしてみたもののチョコボはおろか誰もFFを知らず、少しがっかりする。
 明け方まで飲んでいたアルコールが程よく切れてきて、お気持ちハイになったところで目的地に到着した。看板には現地語の下に英語で「動植物園」と書かれていて、門を潜るといかにもな大きなダチョウとワニのモニュメントに出迎えられた。
 正午に差し掛かろうとしていたので、まずは園内のレストランでランチをとった。中華メニューで、その中でもダチョウ肉の酢鳥は癖が無く美味しかった。昨夜の追い酒に瓶のハイネケンも飲んで、いよいよ調子がでてきた。
 食後はみんなで園内を見て回った。ワニは個体の大きさ別に大きなプールの中で飼われていて、冬の漁港に集まって酸欠に喘ぐボラの大群のように、敷地みっちりとワニだった。そして、腐ったドブ水の匂いが鼻を曲げた。ワニプールを目を凝らして見ていると、他の奴に噛み切られたのであろう片腕や片足の個体もいて、人間同様に密集して生活することはそれなりに大変そうな印象を持った。
「なんか少なくなったね」
「前はもっといたんですか?」
「あっちの区画にもいたと思った」
 そうオーナーが指差した先には、水の抜かれたプールが見えた。養殖さながらである。
 他の団体観光客がどこからか魚のブツ切りを持ってきて、ワニに投げ与えてはきゃあきゃあ騒いでいる。オーナーはワニ釣り体験の看板を探す。それは、数日前に行ったメコンデルタのツアーで体験していた。こん棒で殴って気絶させた鯰を糸のついた竹竿に結わえて、ワニのいるプールに垂らす遊びのことである。うまくいけば引き合いになるが、ぼくの鯰は一瞬で千切れてしまった。どこにでもあるということは、この国の観光地でのベタなアクティビティらしい。売り場を見つけたオーナーが参加者を募ったが、誰も手を上げないので、そのまま順路を進む。
 間もなくダチョウ乗り体験の場所に着いた。簡素な鳥舎と、そこを走るのであろうに囲まれたトラックが設けられていた。雑草の生い茂る地面は堅そうに見える。
 一緒に来た者同士でジャンケンをする。罰ゲームのように順番が決まり、真っ先に負けたぼくが最初の挑戦者となった。正直、順番などどうでもよかった。一万ドン札を出してチケットを買い、仏頂面の係員に渡すと、彼は竿竹程の長さの金棒を持って鳥小屋に向かった。程なくして、一羽のダチョウが逃げるようにこちらに向かって走ってきた。なんの変哲もない、ただのダチョウだった。
 初めは久しぶりに対面したダチョウの大きさに圧倒されて、かつて持っていた夢が簡単に実現したことに感動さえ覚えた。だが、柵を潜って間近に見たそれは、背中の羽毛が剥げて鳥肌が見え、掴む場所であろう羽根の付け根が奇妙に曲がり、痛々しい姿をしていた。そして、これからぼくはそれに乗るのだという事実をはっきり認識したとき、それまで持っていた人間として真っ当な欲望を心底恨んだ。
 いつの間にかギャラリーも集まって、見慣れない光景に好奇な眼差しを向けていた。傍にいた中国人観光客は見世物を撮るようにスマートフォンのカメラをぼくに向けていた。罰ゲームのお立ち台のようで、居心地が悪い。
 貧相な木の台に登って、今にももげそうな羽根の付け根を掴み、ダチョウに跨った。振り落とされないよう足でしっかりホールドするよう、係員に指図される。座る位置が定まらずにもぞもぞ動いていると乱暴に服を引っ張られ、背というよりは尾てい骨の辺りに腰を落ち着かせられた。自転車でウィリー走行するように重心が後方に寄って、ダチョウの姿勢が高くなった。それがここでの乗鳥スタイルらしかった。
 間もなく鳥舎のゲートが開いた。なかなか走り出さないダチョウに係員がさっきの金棒を振りかざした瞬間、まるでドラッグレースの車のように全速力で走り出した。突然の加速Gに負けじと、しっかり羽根を掴む。地面を蹴る感触が鳥の筋肉と背中から生々しく伝わる。
 見る間に向こう側のコンクリートの壁が近づいてきて、気持ちの準備もないままにターンした。遠心力でそのまま外側へ振り落とされそうになるが、羽の付け根をいっそう強く掴むことでなんとか持ちこたえる。コンクリート壁は当たったら痛そうだ。もちろんヘルメットなどしていない。
 乗り場に向かって、尚もダチョウは走り続けた。ここが草原だったらどんなによかったかと思う。乗馬するように手綱や鞍がほしい。人に手懐けられていて、乗り物として乗りやすく、簡単に停まったり曲がったりできたらよかった。でも、ここは海外旅行で訪れた観光客には少し奇妙に見える国内向けのテーマパークで、ダチョウはジェットコースターと同じく、人を楽しませるためのただのアトラクションとして扱われていた。いくら嘴で突かれ足早に逃げられようが、その背中に乗ってみたいと憧れる猛者はいつの時代にもいたに違いない。しかし、「乗鳥」というジャンルが生まれなかったのは、そもそも鳥の背中に乗るのは適していないからだった。人間にも、鳥にとっても。
 鳥舎に戻り、後ろ向きのまま滑り台を降りるように地上へ着地すると、無心に乗っているときには気にもしなかった周りの声が聞こえた。口々に感想を言っているようだった。中国人観光客にはブラボーと拍手もされた。手にはボロボロになった羽毛のカスがついている。ジーンズについていたそれも誰からか指摘されて手で払うと、チリとして風に運ばれていった。つい今までぼくが乗ってきてゼーゼー言っているダチョウに、次の挑戦者が跨る。
 インスタグラムに上げるための動画を撮っていたオーナーが「なんだか今日のヤツは元気ないね」と言った。前回のダチョウは乗る前からもっと破天荒に暴れ、係員も苦戦していたという。
「安いし、もう一回乗っとく?」
 オーナーに訊かれ、間抜けに「ええ」と返した。一万ドン、日本円でおよそ五〇円。確かに安いが。
 茫然と他の人がダチョウに乗るのを眺めていた。ホーチミンの三月は真夏で、その日は三〇度を優に超えていた。昨夜の残り酒とランチの追い酒でハイになっていた時間も過ぎて、真っ当な疲れも感じ始めていた。喉の奥がへばりつくような感じがして、ふらふらと近くの売店に歩いて飲み物を買った。適当に選んだココナツの缶ジュースはとてつもなく甘く、そう味覚が判断していることに少しだけほっとした。