2026/08/31:

 目覚めはそこそこ早かったのに、起床は7:45とギリギリ。珈琲を淹れて出社。明日から島に来る上司の手続きなど。しばらく出社させるな、とかなんとか、面倒なお達しも出る。上層部の意見も耳にすると、社内政治はかくも面倒なものかと思う。関わりたくない。
 昼休みに文庫版の『ドラえもん』を2冊、読了。ドラミ編の海中探検の回は、展開まで記憶があった。全く読んでないわけでもなさそうだが、いつ読んだかは思い出せない。いつものごとく定時退勤。帰宅してからは、電源周りの動きが怪しいGR4の修理について調べる。Webで同じ症状の人の記事を見かけて、やはり修理に出したところ「端子を拭かれただけ」で終わったと書かれていた。試しに綿棒で本体とバッテリーの端子をこすったら、あっさりと復活した。修理に出すつもりで、色々なアクセサリを外したところだったので、取り付け直すのが面倒。非常にショック。旅行にもガシガシ持ち出せる、と思っていたが、意外とデリケートなことを知る。ガシガシGR3を使っている人のnoteを眺めたりして、たかが小傷などと気を紛らわせる。そう、カメラだって所詮は消耗品。

2026/08/30:

 起床後、夕方までぼんやり過ごす。予定がなくなると、急になにもできない。
 夕方、京都の化野念仏寺に行った。往路はJRで嵯峨嵐山まで行き、徒歩とバス。念仏寺は拝観料1000円。人は多いが入場を待つほどでもなく、ほどよい混み具合。列に並んで、無縁仏の墓石が並ぶ一角に蝋燭を灯し、写真を撮った。GRは熱を持った途端に動きが悪くなる。仕様なのか、個体差なのか分からない。電源が安定せず、バッテリーの減りがおかしかったり、そもそも電源が入らないことがあり、1年も使っていないのに挙動不審。連続使用は非常に厳しい。

化野念仏寺

 復路は阪急嵐山から淡路に抜けた。車内でメルカリを見ていたら、文庫版の『エスパー魔美』と、細野晴臣『はらいそ』のオリジナルLPをうっかり競り落としてしまったので購入。淡路を軽く散策して、かねがね気になっていた近所の飲み屋に立ち寄って帰宅。以前聞いたときは、日本酒メインに揃えているということだったが、新店に移ってからは焼酎になったらしい。近所の飲み屋事情を色々と知ることができてよかった。ただ、いい店ではあるが、お喋りなおかみの相手に体力が要る。

2026/08/29:

 11時に起床。昨晩は日付を超えて寝たとはいえ、二度寝も含めてだいぶ長い睡眠時間。朝食、日記を更新し、旅程や切符を調べ、『さよならポニーテール』の新譜を予約。それから、藤子・F・不二雄『チンプイ』を読む。80年代後半の作品。ヒロインの「そんなの勝手に決めないでよ」に、自由恋愛や自己決定の価値観が描かれている。それこそ、70年代後半に24年組が描いていたテーマでもあるかもしれないが、それからもう一段、社会に浸透してきた頃、という風に読めるだろうか。
 夕方から夜にかけて、サイゼリヤに行って学習。ピークはうるさくて集中できないうえ、右隣は常にカップルが座っていて落ち着かない。ひたすら一問一答をこなす。21時半頃に帰宅して、回線契約の見直しをChatGPTに相談する。10月からホームルータの契約が値上げになるとメールがあった。UQの回線値上げに伴う動きらしく、他社も値上げラッシュなのだが、よく調べると転出救済プランが用意されている。ついでにスマホも見直すと、現在から月2000円くらい落とせそうな計算になった。2年でまた見直しが必要だが、試算では月額5000円を切ることになる。ケチの意地で、とても安く仕上がりそうだ。

2026/08/28:

 在宅勤務。稼働負荷は低い。退勤してDJ出演。リハでは問題なく動いていたDVSの調子が悪く、音が出ない。針か何かかと思ったが不明。チンプイかなり面白い、という話と、次に取る資格の話をする。出歩かなくなったことで、しばらく見ていなかった顔も多く、客入りもよかった。レギュラーパーティーとしては次回で区切り。

2026/08/27:

 前夜の酒残りで朝は苦しかったが、少し早めに起きることができたので、珈琲を淹れて出社。昼休みに『ドラえもん』の文庫を1冊読了。ほどほどにタスクはあったが、定時で退勤。飲み会の調整や、珍しい人からの連絡が重なる。堂島のジュンク堂で、近藤聡乃『ニューヨークで考え中』5巻、藤子・F・不二雄『チンプイ』既刊を大人買い。帰宅して読み耽る。

2026/08/26:

 前日の反省から早い電車に乗ったが、珈琲は淹れ忘れ、階下のコンビニで珈琲を調達。嫌な店員に当たる。昼休みは『ドラえもん』の文庫を1冊。20分くらいで読み切る。また、計測端末としてGoogle Fitbit Airを勢いで注文。9月中頃に到着する予定。
 仕事は凪。現場に出てきた部長と会話し、夜に本部長と飲み会。9月以降の人事について色々聞かされる。総合すると、わたしの立ち位置が脅かされることはなさそうな印象。飲み会自体、情報収集にはよかったが、一方的に喋る本部長とそれを聞くだけの同僚ばかりなので、あんまり楽しくはない。2次会は失敗だった。

2026/08/25:

 寝坊。9時を過ぎて起きる。在宅勤務で助かったが、二度はない。やはり仕事は凪。退勤して横になったら再び寝てしまう。起きたら21時。なんとなくバランスが崩れていて、どうにもしんどい。就寝前に学習。2時頃まで入眠できず。

2026/08/24:

 明け方まで全く眠れず、インドを調べて夜が更ける。その後、変な夢をみる。部活動の勧誘。演劇が行われていて、テロップとともに、茶番に付き合わされる。アイドルも出てきて、部活の曲を歌うが、モニタには2007年という文字が出ていて、少し古い。最後は「三色相掛けカツ部!」とかいって、かつやの店先にあるような広告がどーんと表示されて、暗幕が解かれる。会合から釈放されるとともに、目が覚める。目覚まし時計は鳴っておらず、遅刻しかけた。珈琲は淹れられず、Corneliusの新譜を聴いて出勤。エレベーターがかつてなく混み合う。カップルで乗ってくる人が多いが、このマンションの部屋サイズからして、同棲はしんどくないだろうか。
 昼休みに文庫版『ドラえもん』をまとめて購入。選り抜き18冊、長編17冊、計35冊。秋の課題図書。
 業務は相変わらず暇で、新人が来る予定もないのに、新人向けの資料を作成。定時間際に突然、調査依頼。髪を切る予約をしているんだからやめてくれ、と思いながら対応。
 帰宅して散髪。理容師の「まあ、東北って寂れてそうですしね」という会話に、その通りではあるのだがいらっとしてしまう。このところ、脇を刈り上げるだけで、ほぼ顔剃りのためだけに通っているので、替えどきかもしれない。スーパーで買い物をして帰宅。ドルで支払っていたChatGPTを一度解約して、円払いに変更。月で数百円安くなる模様。ちりつも。

2026/08/23:

 前夜にインドについてのインプットに熱中し夜更かし。10時頃に目が覚める。寝て覚めても、完全にエスニック料理の口になってしまったので、ウズベキスタン土産でストックしたプロフ缶を開けた。前回、鍋に密着しない側のライスがパサパサになってしまったので、缶を上下ひっくり返しながらしっかり湯煎したら、いい感じに仕上がった。
 昼寝をし、サイゼリヤで資格対策。合間にKindleにダウンロードしたカーネギー『道は開ける』と、数日前にメルカリで買っていた藤原新也『メメント・モリ』を、ついでに読んでみる。石岡瑛子のPARCO広告を思わせる雰囲気。焼かれる死体などの写真も並ぶ。80年代のものなので、今の倫理観に照らしても仕方ないかもしれない。0時頃に就寝。

2026/08/22:

 10時に起床。ゆっくり寝てしまった。ChatGPTと戯れる。
 午後、予約していた阪急ビルの献血ルームに行った。ビルのエレベーターを見つけられず、少し遅刻する。大きな施設ゆえに、受付から採血まで事務的に進む。待っている間、隣の人がもらっていた粗品が気になって調べると、粗品がもらえるキャンペーンは自己申告制ということを知る。次は調べてこなければならない。
 そこからビル内の飲食店で少し休んで京都に行こうと思ったが、阪急ビルのレストラン街は混んでいて、ランチに狙っていた店舗は閉まっていた。カフェも行列になっていたので諦める。素直に一度帰宅して態勢を整えようと考えて帰宅。しかし、少し横になり、資格対策の一問一答をこなしているうちに寝てしまった。気づいたら19時。体力が足りていないのかもしれない。
 SNSには東京の集中豪雨と、森博嗣の引退(これは、事実としてはホームページの更新停止だけで、引退のソースは見当たらなかった)の話が流れてきていた。夕飯にストックしていた白石うーめんを茹でて食べて、再びChatGPTと戯れた。

2026/08/21:

 在宅勤務。夕飯に711のエリックサウス監修ビリヤニを食べてみる。思った以上に本格的でびっくり。
 仕事の合間に、ChatGPTまわりの構成を大きく整理した。まずはNotionと紐づける。昨年もNotionを使おうとして、結局ほとんど使いこなせないまま終わったのだが、この一年ほどAIを使い続けたことで、今度は記録未満のメモの断片のようなものが大量にできていた。AIの中だけに長く置いておくわけにもいかないので、これまでは必要なものを人力でメモに書き出していた。
 ところが、NotionとChatGPTを直接連携できることを知り、構成を大きく変えることにした。これまで作ったプロジェクトを一通りNotionへ書き出して整理し、それをベースにChatGPT側のプロジェクト構成も組み直した。Notionではルールや成果物を管理し、カードの支払額や日記のように蓄積していくものも、その都度書き込んでいく。
 一方のChatGPTには、考えることや対話することと、AIそのものの個性のチューニングを担わせる。プロジェクトで固まった成果物はすべて外に置く。以前から考えていた、AIを作業場、Notionを記憶装置にするような構成に、ようやく近づいたが、これはわりあい一般的な使い方で、だいぶ出遅れているのかもしれない。

2026/08/20:

 起きられなかった。目覚めは6時だったが、そこからベッドでダラダラしてしまった。資格対策をしようと思うとだるい。仕組み化に失敗している。出発時間が近くなり、何もできなかったことに後ろめたくなりながら、ようやくベッドから這い出す。珈琲をボトルに淹れて出社し、のんびりと業務をこなした。昼休みに『東北史講義』を読み進めたが、明治維新まで来ると登場人物の理解が追いつかず、だんだん目が滑ってきた。
 定時に退勤して、サイゼリヤに立ち寄った。普段ならワインを注文するところを、今日はドリンクバーに変えた。ドリンクバーはフードとのセットで200円。小さいデカンタのワインを頼むのと値段はほとんど変わらない。それでも満足度は大して変わらず、むしろ酔わないぶんだけ得をした気分になる。ここ2年ほど、帰宅途中のサイゼリヤでは当たり前のようにワインを飲んでいた。激務だった時期の反動が、そのまま癖として残っていた気がする。資格対策をしたり、ネットサーフィンをしたりしていたが、混みあってきたので退店。
 年末年始にはインドに行きたいが、あまりにも知識がないので、まずは読みやすさで雑誌『TRANSIT』のインド特集を購入。週末の課題図書とする。そこからふと、中高生の頃によく聴いていたバンドandymoriの歌詞には、インドにまつわる言葉がよく出てきたことを思い出して、調べる。小山田壮平氏は藤原新也『メメント・モリ』に触発されて19歳でインドに渡り、ケララ産のギターでアメリカの曲を歌っていたのが「FOLLOW ME」の歌詞につながっている、といったことをChatGPTは答えた。後半は捏造のようだが、妙に納得させられそうになる。
 andymoriが再評価されるようになって久しい。今の若いリスナーにとっては、当時の自分がゆらゆら帝国を遡って聴いていたような感覚なのだろうか。高校生の頃にリリースされたアルバム『革命』の時期にはツアーで仙台にも来ていて、チケット前売りのテレビCMを見て一瞬は惹かれた。しかし、結局行かなかった。好きだと公言するほどの自信がなかった。当時バンドは、相対性理論、ゆらゆら帝国、ゼロ年代のくるり、志村正彦時代のフジファブリック、2nd以降のGalileo Galilei、そしてandymoriあたりを好んで聴いていたように思う。とはいえ、周囲では9mmや凛として時雨のようなバンドが強く、もう少しコミカルだとKANA-BOOMなどが聴かれていて、100歩譲って「好きなバンドはサカナクション」とか言わなければ人権さえなかった。そもそも学内に友達も少なかったので、好き好んで聴いているバンドでヒエラルキーが測られる世界の蚊帳の外にいたが、一方で同時代性のあるいわゆる「音楽好き」からは大きく外れてしまっていて、当時はただひたすら寂しかった。
 ひとまず『メメント・モリ』をメルカリでポチった。

2026/08/19:

 目覚めが悪い朝。珈琲は淹れて、資格の一問一答を解きながら通勤した。昼休みに献血を予約。仕事は相変わらず凪っており、ゆっくり自分のタスクをこなしても、午前中には粗方仕上がってしまった。
 定時で退勤。直帰するか悩みながら梅田のディスクユニオンに向かったが、レコードをザッピングしているうちに、今日はそんな気分ではないことに気づく。行かないのが正解だった。このところ少し足が遠のいていた気もするが、そもそも最近は行ってもあまり欲しいものがない。
 移動しながら、Corneliusの新譜をストリーミングで通して聴いた。前作もそうだが、すでに残り時間を意識しながら好きなものを作る時期に入っているようで、2017年に『Mellow Waves』が出たときほどの衝撃はない。それでも、やはり嫌いではないし、嫌いになれない。昼休みに読んだ新譜にフィーチャーしたWeb記事には、寺尾聰や井上陽水を思い出しながら作品制作をしたと書かれていて、それとなく「老い」を感じる。
 2020年頃には、しばらく聴けない時期があった。もともとその前後から少し飽きてもいたが、それ以上に、社会現象のような掌返しに驚いたところが大きかった気がする。90年代当時の『Quick Japan』なども読んだ記憶があるが、内容はもう忘れてしまった。しょうもない記事だったとは記憶している。
 帰宅して、旅程を組みながら資格対策。22時頃に就寝。

2026/08/18:

 在宅勤務。眠さに負けて朝はギリギリに起き、昼休みも寝ていた。夕方にも寝て、起きたら20時になっていたので、もう何もできそうにない。
 昼は蕎麦。夜は最近ハマっている、鶏もも肉を焼いただけのものを食べた。弱火で1時間ほどじっくり焼き、塩胡椒だけで味をつける。それだけなのだが美味しい。何度か作ってみて、鶏肉はあまり大きすぎないほうが仕上がりがよさそうだ。
 スマホアプリで、一問一答形式の資格対策を1周した。ハードウェアやソフトウェア周辺は、思った以上に忘れている。一方で、システム戦略のような単純な知識問題は正答率がよかった。3年前に一度かなり勉強しているだけあって、全部が抜け落ちているわけでもなさそうである。もう一度きちんとハッパをかければ、まだいけそうな気がする。

2026/08/17:

 のんびり起床。やや早めに家を出たが、珈琲を淹れ忘れた。休みが明けても、業務は相変わらず凪っている。
 昼休みに、湯が沸いた『一人暮らしと自炊の思考法 生活は続く』を30分程度で読了。アラサー独身男性による、スローライフ寄りの生活論。個人的には再現性を感じにくく、あまり身になる内容ではなかった。生活の選び方を啓発するような語り口も、少し鼻につく。嫌なものから距離を取り、自分に合う暮らしへ寄せていく姿勢そのものは分かるが、それだけでは毒と陰がなく、物足りない。
 定時で退勤し、紀伊國屋書店でちくま新書『東北史講義』と、応用情報技術者試験の参考書を購入した。休みの間はSNSデトックスが捗ったので、このまま流れを変えていきたい。
 帰宅後、多少の資格対策。3年前、午後試験を2点足りずに逃してから、中途半端に忘れてしまっている。さて、何から手をつければよかったのだろう。

2026/08/16:

 8時に起床。旅行の荷解きをして、山川出版社『新もういちど読む山川日本史』を購入した。戦後と安土桃山時代から、気になるところを拾って読み進める。読みやすい。しかし、途中で寝落ちして、起きたら夕方だった。
 ChatGPTにこれからの不安を相談しているうちに、買い物を忘れていたことを思い出す。家を出て、一週間分の食材などを買って帰宅した。
 あとはもう寝る準備。旅行から帰った翌日らしく、ゆっくりしていた。明日から平常運転。

2026/08/15:

 母親と妹、従妹家族と10時頃に実家を出て、「焼肉冷麺ヤマト」で昼食。ヤマトの冷麺は帰省の恒例。名店は数多くあるが、いちばん入りやすく、リーズナブルでもある。最近、原価高騰で豚チャーシューになってしまったが、相変わらず美味しい。

焼肉冷麺ヤマト

 盛岡駅のフェザンで時間をつぶし、14時台の新幹線に乗車した。仙台までは投資関連の読書を進める。ほぼ満席だったが、ちらほら空席もあった。車内放送を聞いて、盛岡―仙台間は空いている座席に自由席券でも乗れたことを思い出す。指定席を取らなくてもなんとかなったかもしれない。
 仙台駅で三万石のエキソンパイを土産に買い、「るーぷる仙台」という観光バスで仙台市博物館に向かった。スーツケースを転がしながら移動したが、どこかに預けてくればよかった。博物館は16時45分閉館という微妙な時間だったが、それでも1時間ほど滞在することができた。
 伊達政宗の功績と仙台の発展を中心にした展示。これまで見てきた東北の諸藩と比べると、財政難や衰退の話が前面に出てこないぶん、少し物語性に乏しく感じた。仙台の街並みは以前からやや退屈に思っていたが、現在の市街地につながる区画は伊達藩の頃から整えられていたらしい。歩いてみても細い道が少なく、城下町を基礎に、そのまま大きな都市へ育っていったことを思う。売店でちくま新書『東北史講義』を知り、Amazonの欲しいものリストに入れた。
 博物館からは最寄りの大町西公園駅へ。仙台駅まで戻ってもよかったが、青葉通一番町駅で途中下車した。飲み屋の集まる一角があり、壱弐参横丁に入る。日本酒を出していそうな、少しきれいめの店を見つけた。「18時から予約があるけれど」と言われたが、むしろちょうどいいので入ることにした。
 ウーロンハイを飲み、日本酒の飲み比べを注文。秋田の山本、宮寒梅、紫宙などを飲んだ。紫宙は岩手県紫波町の酒で、あまり見かけないが美味しい。結局、隣の客が先に帰ったこともあって、18時半頃まで飲んだ。時間調整ではなく、今度はゆっくり来たい。

日本酒

 徒歩で仙台駅に向かい、駅で立ち食い蕎麦を食べてから、空港行きの電車に乗車。前回は立ちっぱなしで散々だったが、休日だからか案外空いていた。空港でチェックインし、まもなく搭乗。非常口座席で、隣も空席だったので快適に移動した。気休めに投資関連の本を読み進めたが、酔いもあって、あまり頭には入らなかった。
 関空でもすんなり荷物を受け取り、関空特急の座席を予約して帰宅。まもなく就寝。

2026/08/14:

 妹と従妹家族でどこかへ行こうという話になり、「宮沢賢治記念館はどうか」という案が出た。早朝に祖父母と墓参りを済ませたあとで、そのまま向かうことになった。一週間前にも遠野まで来ていたが、そのときはスルーした施設である。
 4号バイパスを南に下って、先に昼食を食べようということで花巻の南部屋敷に入った。南部屋敷に入るのも久しぶりである。昼時だったが、すんなり席に案内される。従妹から「南部って、なに?」と聞かれて、「昔、南部氏という人がこの辺を治めていた」と、だいぶ雑な郷土史を説明する。盛り蕎麦を食べた。

南部屋敷

 宮沢賢治童話村の駐車場に車を置き、そのまま童話村へ。宮沢賢治の作品世界を視覚的に体験する施設で、庭園も含め、少しトリックアートのような雰囲気もある。面白い展示ではあるのだろうが、童話を活字で読みたいタイプには少し退屈だった。
 宮沢賢治記念館までは連絡バスがピストン運行しており、それに乗車して移動。宮沢賢治記念館は、軽く20年ぶりの再訪だった。前回は小学生だったように思う。しかし、改めて来てみると、展示内容はやや散漫としていて、追っているうちにだんだん目が滑ってきた。こちらは童話世界そのものよりも、どのような知識や経験をもとに作品世界が描かれたのか、その素材を紹介する展示が中心だった。生涯を時系列で追うような展示より、作品の背景へ踏み込む構成なのだろうが、わたしには少し焦点を掴みにくかった。
 途中で眠気にも耐えられなくなり、館内のベンチで少しうとうとする。一通り巡ってから、先に出ていたほかの面々と合流して帰路についた。宮沢賢治は、やはり展示で眺めるより、本を読むほうがいい。

2026/08/13:

 7時に起床して、食事会場へ。若く見られたのか、免許合宿の生徒と間違われた。わたしの席は別に用意されていて、バイキングのほかに付け合わせがある。免許合宿のごはんはまずい、という話を聞いていたが、たしかに米は古米のような味がする。ただ、バイキングの品数は悪くなく、東横インの朝食のような雰囲気。
 しっかり朝風呂にも入って出発。赤湯温泉郷のある南陽市から米沢までは、1時間もかからない。米沢市に入ると、城下町らしい狭い道路になる。駐車場に車を停めて、米沢市上杉博物館に入館。
 米沢藩は、上杉謙信の系譜を引く上杉家が治めた藩で、関ヶ原のあとに米沢へ移された。領地を大きく減らされ、財政には苦しんだ一方、上杉家が藩主のまま明治維新を迎えている。博物館では、9代藩主による倹約と藩政改革が大きく扱われていた。ゆるキャラの「かねたん」がかわいい。
 上杉神社を参拝したとき、上杉謙信に扮したスタッフが道端の人を集めて何かショーをしていたが、呼び声も虚しく、まったく人が集まっていなかった。お参りをして戻ってくると、今度は郷土の歌なのか、やや古めかしい曲を子供たちに聴かせて歌わせていた。音響もまったく整っておらず、持ち込みらしいラジカセから貧相な音が流れている。現代まで財政難が続いているのか、しかし、盆休暇に合わせた演出としてはちょっと厳しい雰囲気。
 国道13号を北上。昼食に米沢ラーメンもよかったが、少し時間が早いので、この時点では河北町の肉そばを目当てにしていた。BGMは、前夜に落としておいた「夏のドライブソング集」というプレイリスト。比較的新しい、テンションの高い曲ばかりで、車を走らせるにはちょうどよかった。意外にもMrs. GREEN APPLEの楽曲に聴き覚えがあり、流行りの曲はまったく意識して聴いていなくても、どこかで刷り込まれているのだと感心する。
 山形市で、最上義光歴史館に立ち寄った。山形藩の初代藩主である最上義光を中心にした施設で、当然ながら最上氏の扱いは大きい。その後の山形藩は藩主家が何度も入れ替わっている。おそらくその後の展示もあるだろう県立博物館にも行きたかったが、今回は時間が足りず諦める。
 河北町の肉そばを食べようと向かったものの、着いた頃にはどこも閉店していた。人気店には行列の先にクローズの看板が出ている。すっかり盆休みなのだった。それに、すでに14時を回っている。仕方なく、そのまま北上して十文字ラーメンを狙うも、こちらも盆休暇で店が閉まっていた。16時台で完全に昼食の時間でもなくなってしまったので、仕方なく二度目の幸楽苑に入って、冷やし中華を食べた。幸楽苑は最後の手段に取っておくべきだと痛感。横手ではついでにブックオフにも立ち寄ったが、めぼしいものもなく、そのまま退店。
 横手から北上市へ抜けて、そのまま4号バイパスを北上して実家へ帰宅。

2026/08/12:

 親戚宅で朝食を食べ、8時頃に出発。道すがら両親と別れて、酒田港方面へ。
 酒田港に到着すると、ちょうど飛島行きの船が欠航になったという知らせがSNSに流れてきた。仕方なくフェリーターミナルの看板だけ撮影する。近くの海鮮丼屋と生ガキの店には行列ができていたが、なんとなく食指が動かない。カキは美味しそうだったが、昔、那珂湊で見たものよりも小ぶりで、値段も高い。日本酒を販売する店で、「Barヨー子」というヨーグルト酒と、そのイラストが描かれたグラスを購入した。ブランド名は以前から知っていたが、楯の川酒造が造っていることは、ここで初めて知った。
 ほどほどに時間を潰して、本間邸へ移動。日本海側の東北で大きな力を持った商人、本間家の屋敷である。後日の博物館でもたびたび名前を目にすることになり、その影響の大きさをあらためて思う。本間邸で「本間美術館もどうですか」と共通入場券をつかまされてしまったので、行くつもりはなかったそちらにも向かってみる。展示は日本画が中心で、あまりよさが分からない。併設の庭園と別邸は景色がよかった。窓ガラスも当時のもののようで、歪みが味を出している。
 酒田ラーメンの行列をひやかしながら国道を南下して、鶴岡の致道博物館に入館。最上氏以降に庄内を治めた酒井氏の系譜を中心にした展示で、藩政については比較的コンパクトにまとめられていた。城そのものに関する情報は多くなく、展示も控えめである。釣りを推奨するような記述もあり、どこかのんびりした藩だったような印象を受けた。
 ほかにも、移築された庄内平野の伝統家屋や、明治期に建てられた建築物、その歴史を紹介する展示がそれぞれまとまっており、見応えがある。物販で『庄内の歴史ハンドブック』なる中高生向けの書籍が売られていたので購入した。
 昼食を逃してしまい、道の駅のレストランで麦切りを大盛りで食べた。もちもちしていて美味しい。土産にも買おうとしたが、レジが行列になっていたので諦める。近くでガソリンを入れると、この上なく高くついた。スーパーにも麦切りくらいは売っているだろうと思って立ち寄ったが、道の駅で見かけたようなつゆ付きのものはなく、乾麺だけ購入した。値段もさして変わらなかった。
 鶴岡からはひたすら南下して村上まで下り、そこから米沢方面へ抜けた。宿は途中まで決められなかったが、赤湯温泉に空室があったので、そこに泊まることにする。合宿免許の学生が多く、多少うるさいかもしれない、と書かれていたが、それにしても盆価格である。米沢の東横インも埋まってしまっており、こればかりは仕方ない。温泉がつくと思えば安い、と気を取り直した。
 赤湯温泉郷でも祭りが行われていて、最初に向かった道は通行規制で跳ね返されてしまった。宿に電話して車の入れ方を教えてもらう。反対側からなら規制がかかっておらず、入れるだろうということだった。夕飯もまだだったが、そのまま宿へ直行してチェックインして、すぐにカメラを持って宿を出た。ちょうど消防隊員が放水披露をしていて、びしゃびしゃの子供たちが遊んでいた。しかし、屋台はどこも湿気ていて、値段も安くはない。出来合いの焼きそばを食べるくらいなら、と、その辺にあった定食屋に入った。カツ丼を注文。時間がかかると言われたので、ビールを飲みながらのんびり待った。その間にも、ひっきりなしに客が来ては、満席で断られていた。ジョッキのビールを飲み終えるくらいでカツ丼が来た。薄口ひかえめな味付けだったが美味しい。帰り際にも「遅くなってすみません」と謝られた。盆休みで、しかも夏祭りなのだから仕方ない。
 宿に戻り、露天風呂に入った。合宿免許生なのだろう、大学生くらいの子が何人か風呂に入ってきたが、とくに騒ぐこともなく静かだった。部屋に戻ったあとは、ベッドでぼんやり明日の行程を考えているうちに、そのまま寝落ちしていた。

2026/08/11:

 6時に起床して、7時には出発した。天気はよかったが、風がやや強い。コンビニで朝食を買い、海沿いを南下する。すでに車が多く、道の駅はどこも混雑していたので、すべて通過した。途中で道を逸れ、鳥海高原の山道を走る。たまに対向車が中央線をはみ出して飛び出してくるので、山道は恐ろしい。展望台で休憩して、酒田方面に下った。
 酒田では、土門拳記念館で写真を眺めた。土門拳のことをよく知らないまま鑑賞。見覚えのある三島由紀夫のポートレートや、寺社仏閣の写真が並ぶ。それから移動して山居倉庫を眺める。展示は少なく、ただの倉庫という印象。駐車場は混みあっていた。昼食にラーメンを食べようとしたが、酒田の月系ラーメンはどこも行列で、仕方なくGoogleマップで検索して出てきた場末の定食屋に入り、カツ丼を注文した。しかし、出てきたものがあまりにお粗末で後悔。カツはもちもちした謎の合成肉で、ごはんも古そうだった。さすがに外しすぎてテンションが下がる。
 親戚宅に集合して、祭り会場へ向かった。父親は趣味のコーヒー屋を出し、わたしは親戚が経営するベビーリーフ工房の作業や出店を手伝った。氷を買い出しに行き、酒を飲んで、写真を撮る。出店を見て回ると、今どき珍しい金魚すくいがあった。また、ルーロー飯のキッチンカーが人気で、しかもリーズナブルに提供していて驚く。山形の親戚とは2年ぶりに会ったが、皆、少しずつ老いている。
 台風が近づいており、祭りが終わる頃にはまた風が強くなってきた。明日の飛島には行けなさそうだと悟る。親戚一同でココスに入り、遅い夕食を食べてから親戚宅へ戻った。雑魚寝で就寝。

2026/08/10:

 実家から再び出発。小岩井農場の前を経由して雫石に抜け、給油と休憩。この時期はコンビニが大盤振る舞いをしているので、立ち寄るたびにドリンク券を回収。山越えして仙北市を走り抜け、淡々と角館に到着。
 角館は久保田藩藩士の武家屋敷が残っている地域で、観光がてら立ち寄った。武家屋敷周辺はきれいに整備されていて悪くはないが、駐車場に500円、武家屋敷1棟の入場にも500円。適当に入った観光施設併設のレストランで、稲庭うどんと比内地鶏の親子丼を注文するも、しょうもないクオリティでがっかりする。値段と満足度が全く比例しない。やや不完全燃焼のまま、再び西に進路を取って秋田市まで抜けた。途中、昨日の事故について保険会社から連絡があり、父親の連絡先を教えて引き継いだ。
 ChatGPTに勧められた駐車場は立地こそよかったが、料金が高く、しかも割引もないため失敗だった。一方、秋田市立佐竹史料館は改築して間もなく、下手に魅せる演出もない充実した内容で、ゆっくり鑑賞できた。佐竹氏は関ヶ原のあとに秋田へ移され、その後は国替えのないまま明治維新を迎えている。久保田城のほかにも大館や横手などに支城・所預が残されており、東北のほかの藩でも見たような、一国一城令の例外的な領国経営が興味深い。
 城跡を一周してから赤れんが郷土館にも向かったが、こちらはあまり面白いものがなかった。入場料を支払うときに勧められる共通入場券もどこか半端で、市としてあまり観光を推していないのではないか、とまで感じてしまう。
 時間も早すぎるが、秋田県屈指の飲み屋街である川反周辺も歩いてみた。弘前と同じく、少し寂れた飲み屋街という印象。行きたくなるような面構えの店もぱっと見つからない。夜を川反で過ごすか、素直に早寝するかで悩んでいた。市街地から少し離れたカプセルホテルを予約していたが、バスやタクシーを使えば川反にも出られそうだったが、一通り歩ききって、またの機会にしようと決める。汗でぐっしょりになってしんどいので、車を出して早々にホテルへチェックインし、温泉に入った。
 日没まで時間があったので、車を出してポートタワー・セリオンで夕日を撮影することにした。道の駅に併設された秋田港のタワーで、無料で入館でき、しかも眺望がいい。同じく夕日を眺めに来た人たちに交じって、GR4の撮影練習。ちょうど夕日に向かって貨物船が出航していった。若干の雲はあったが、天気は悪くない。

セリオン

 日本海側では風車をよく見かける。秋田周辺では特に、一定の間隔で海上に並ぶ風車の風景が印象に残る。秋田から男鹿に抜ける海沿いの道が綺麗だった。
 それからは素直に宿へ戻り、館内のレストランで軽く酒を飲んで、早々と就寝した。

2026/08/09:

 朝は比較的ゆっくりと起床し、身支度を整えてチェックアウト。荷物を車に置いて、弘前れんが倉庫美術館まで歩いた。企画展は「風間サチコ展:方丈ルームの1000里眼」。聞き慣れない芸術家だったが、黒の木版画を中心に制作する作家で、社会を痛烈に批評する作品が並んでいた。常設展示もしっかり眺める。オープンと同時に入館したので、まだ人も少なく、鑑賞のしがいがある。
 どこかでモーニングでも、と思ったが、店が見つからず、コンビニで適当に朝食を調達する。車を走らせて、黒石のカフェでアイスコーヒーを買い、十和田湖畔に向かった。しかし、霧が出ているにも関わらず、対向車もよく飛ばしてくるので、恐ろしいドライブになった。展望台も真っ白だったので、寄り道は諦めて淡々と走らせる。
 十和田市現代美術館へ行く前に、十和田のバラ焼きを食べようと専門店に立ち寄ったが、案内は14時以降になるという。結局、美術館を先に鑑賞することにした。十和田市現代美術館も二度目だが、館内は混みあっていて早々に疲れてしまい、途中から写真撮影の練習に切り替えた。混んでいないときに来たい。
 ジェラートを食べて車へ戻ると、隣に駐車していた車から降りてきた女性に「ぶつけてしまいました」と声をかけられた。左後ろのバンパーに傷がついていた。警察を呼んで事故処理をする。相手は香港から来た旅行者で、日本の電話番号を持っていないなど、いろいろとイレギュラーが続いて疲れてしまった。相手が利用していたのはしっかりしたレンタカー会社だったので、保険処理はきちんと進むだろうと思いつつ、警察の確認が終わった頃には、もうバラ焼きも、そのあとの旅程もすべて諦める気分になっていた。素直に4号バイパスを辿って、実家に帰宅した。親からは「買って1か月の新車なのに」と怒られたが、これに関してはわたしは何も悪くない。

2026/08/08:

 朝、実家で母から車を借りて出発。八幡平アスピーテラインから八幡平を登り、途中で道を折れて松尾鉱山跡を眺めた。戦後、軍艦島並みに栄えた東洋一の硫黄鉱山だが、現在は廃墟を残すのみ。思っていたよりも山を登った中腹に存在していた。車を停めて、何枚か写真を撮った。
 八幡平の頂上にはレストハウスがあったが、駐車場は満車で、しかも料金がかかるのでそのまま通過した。また来ることもあるだろう。秋田側は淡々と下り、後生掛温泉を通過し、国道341号に合流してからは、ひたすら北上。盛岡から延びる282号を走り、鹿角市の道の駅で休憩した。暑いのでなんとなくジェラートを食べた。地元産の苺と桃を使ったフレーバーにしたが、バニラアイスにジャムを練り込んだような味わいで、個人的にはあまり好みではなかった。
 さらに北上して、十和田南の交差点で左折して大館へ向かう。直進して小坂町を抜けるルートもあるが、前回、弘前に行った際にそちらを通ったので、少し遠回りして違う道を選んだ。とはいえ、大館まではバイパスがしっかり整備されており、広々として走りやすいだけに面白みはなく、旧道に入るか悩みながら進んだ。昨日から聴き続けているサザンオールスターズのアルバムもまた調子がいい。
 大館に少し早めに着いてしまったので、なんとなく目に入ったBOOKOFFに入ってみるが、めぼしいものはなかった。漫画の束売りは一昔前よりは安くなった気がする。近くに、野良のリサイクルショップもあるようで行ってみるも、こちらは休業。昼食は幸楽苑を食べたくなり、ラーメンとチャーシュー丼のセットにした。
 そのあと、大館の秋田犬会館を見学する。秋田犬保存会の施設で、戦前からの歴史がある。秋田犬は柴犬よりもずっと大型の犬だということを知る。日本一有名な秋田犬といえばハチ公で、その説明展示もあった。入館料200円。
 大館からは再び国道を北上して青森県に入る。碇ヶ関で通り雨に遭い、道の駅で今度はソフトクリームを食べた。マルメロという特産の果物があるらしい。生では酸っぱくて食べにくいという。ソフトクリームは美味しかった。工芸品売り場に並んでいた、KINTOのような台形のかわいいマグカップに一瞬惹かれたが、荷物になるので買うのはやめた。  碇ヶ関からは弘前まで直行し、15時ぴったりにチェックイン。早い者勝ちで無料のホテル駐車場が使えるというので急いで来たが、まだ1台しか停まっていなかった。シャワーを浴び、あとの行程を確認して再び出発する。
 駅まで少し歩く距離に宿があったが、バス停を探して歩いているうちに、駅に着いてしまった。駅前に「まわりみち文庫」という弘前の独立系書店の分店があることを調べて知っていたが、こちらもあいにく臨時休業。コンビニで飲み物を調達して、改札に入る。五能線は切符式で、交通系ICでは五所川原駅を出場できない。乗る気動車はすでに入線していたが、ボックス席は埋まってしまっていたので、ホーム上でビールを急いで飲んだ。座席は確保できたものの、車内は都市部さながらの満員電車で、終点までみちみちになって移動した。
 五所川原駅に着いて帰りの切符を購入し、ようやく駅の人波から吐き出されると、路上に立佞武多が鎮座していた。すでに点灯し始めていて、夕暮れの中で光っている。何枚か撮影して、場所取りを急ぐ。駅前交差点に出ると、身動きが取れないほどの人に揉まれた。どうやら、駅前通りをぐるりと一周するように運行されるらしい。コンビニが見えたので、長蛇の列の中でビールとつまみを入手し、交差点の角に場所を構えた。
 立佞武多は1時間半ほどかけて一周する。19時半頃から、自分の構えた交差点にも次々と到達し始め、20時半頃に最後の立佞武多が通過した。前方には中国人観光客がいて、写真を撮るたびに腕を伸ばすので、こちらはやや撮りにくい。自分の後ろには、望遠レンズを構えた猛者が陣取っていた。人が入れ替わるうちに、最後のほうは最前列で見ることができた。
 20時半には駅へ向かって動き始めた。吉幾三の車を眺めながら駅に戻ると、すでに帰りの列車待ちで長蛇の列ができていた。それでも21時半頃の列車には乗れそうな雰囲気だったので、及第点だろう。帰りの電車もみちみちで、立ち席になった。途中、目の前の座席が空いたものの、脇から割り込まれて座るチャンスを逃してしまった。たかが40分だから、と自分を宥める。弘前に戻ったあとは、繁華街で夜泣きラーメンを食べ、宿へ戻った。

2026/08/07:

 4時起き。5時には家を出て、6時に伊丹空港へ到着した。飛行機は7時半発だったが、余裕で到着。もう少しギリギリを攻めても何ら問題はなさそう。荷物の預け入れも済ませた。怪しいOTAで取ったチケットだったものの、何も問題はなかった。制限区域内で7時開店のレストランに並ぶ人を横目に、飛行機を待つ。搭乗中は気圧の変化で耳が痛く、降りてからもしばらく調子が悪かった。ChatGPTに聞いても、いまいち有効な手段を教えてくれない。
 花巻空港を出て、予約していたカーシェアに乗車した。遠野までは高速道路に連なった高規格のバイパスが整備されていて、簡単に到着した。駐車場は有料の場所しかなさそうで、市役所の立体駐車場に車を停める。
 遠野市立博物館に入館。共通入場券もあると教えてもらったが、昨夜からの疲れもあり、元が取れなさそうなので諦める。遠野の歴史が並べられている資料館のようで、最近改装されたのか館内が新しい。『遠野物語』の展示は視覚に訴えるつくりになっているが、ややしんどさを感じる。田舎の生活やマタギの紹介、遠野が江戸明治の交通の要所だった説明、昭和レトロの展示などがあった。展示ルートの最後の多目的室で「遠野物語とオシラサマ」という企画展が開かれており、実物のオシラサマが展示されていた。各家の伝承も添えられていて、ある家ではしまい込み、別の家では定期的に表へ出し、上下逆さになっているものまである。家によって扱いが異なることが面白かった。見ごたえのある内容に満足。
 近くの「とおの物語の館」という施設に移動。こちらには柳田國男が滞在した旅館が移築されていた。日本の昔話の展示室では、やはり物語を視覚的に楽しめるような工夫がされていた。同じように共通入場券も勧められたが、ここでも断った。
 遠野駅まで歩き、併設の土産物売り場をひやかす。高校生がスマホゲームをしながら次の列車を待っている。土産物にめぼしいものはなく、昼食に悩みながら市役所へ戻って、駐車場から車を出した。
 河童淵は、伝承園の駐車場に車を停めて歩いて向かう。常堅寺という寺の一角にあるようで、ひとまずお参りをして矢印案内を進む。河童淵は人が多く、子供がおもちゃの釣り竿とキュウリを水面に垂らして遊んでいた。本物のキュウリが使われていないのが、また興醒め。旅行ガイドを眺めているときは、もう少し神聖な雰囲気の場所のように思っていたが、寺の裏の雑木林とそこを流れる用水路という印象。何枚か写真を撮って引き返した。河童淵までの路傍にはホップの苗が植えられていて、キリンビールの協賛で育てられているとの看板が出ていた。夏の田舎の風景に感動する。
 暑さで疲弊してしまったので、伝承園には入らず、受付カウンターで「河童捕獲許可証」を購入した。日付は入れてくれない。「自分で入れられるから」と言われたが、カード1枚をただ渡されるだけでは呆気ない。
 復路は旧道を辿り、途中の道の駅に立ち寄りながら花巻まで戻った。もう少しゆっくり観光したい気もあったものの、見たいものを見たので満足してしまっていた。予定より1本早い空港連絡バスにも乗車できて、16時ごろに盛岡駅に到着。折角だからと、夕食にはまだ早い時刻で混みあっていない白龍でじゃじゃ麺を食べて、実家に帰った。

2026/08/06:

 出社日。午後から在宅勤務に切り替えるつもりだったが、なんとなくそのまま現場で仕事をした。昼休みに、明日の夕方までの予定を確認する。移動や用事を詰め込んだ結果、分刻みのスケジュールになってしまった。夏休みに出勤する人たちの予定をざっくり組み立てて、退勤。
 夜は神戸でDJ出演。到着して10分後には、もう機材を触っていた。何度もトラブルが起きているうえ、機材間のリンク機能も使えないと聞いていたので、USBメモリを何本か持参した。最初に差したものはフォルダを認識せず、別のメモリに差し替える。かなりつらい。DJ自体は好評だったが、何が良かったのか、次にどう活かせばよいのかまでは見えなかった。ダンスミュージックは、少なくともその場では評価を言葉にしにくいジャンルのように思う。
 ビールを何本か飲んだが、酔いは軽い。明日も早いのに、終電で帰宅。気合で乗り切る旅程が始まる。

2026/08/05:

 調子が悪いまま出社。珈琲豆を切らして買いに行けていない。珈琲の抽出時間分だけ、家を早く出ることができたので、現場に定時に到着。コンビニの珈琲を購入する。調整ごとの多い日だったが、昼を過ぎると現場に出てきていたプロパ社員も新人歓迎会という飲み会に行き、のんびりした空気のまま定時退勤。
 帰宅がてら、新大阪駅のユニクロで下着を買い足した。店内改装でしばらく休業していたが、いつの間にか再開していた。店舗面積が大きくなっていたが、ラインナップは少ない。二日ぶりに日記を更新し、代田秀雄『オルカン思考――世界経済を味方につける「長期投資」の教科書』を読み終える。オルカンの輪郭を少しは理解する。
 帰省の荷物を揃え、明日の選曲をUSBに移した。3本用意。恒常的に壊れかけの機材しか使えない環境はつらい。

2026/08/04:

 午前は在宅勤務、午後から出社。そのあとで自社の飲み会に向かった。
 阪神尼崎駅に初めて降り立った。駅前には飲食店が密集しており、十三に近い雰囲気がある。実際、阪神尼崎からは、難波・梅田・神戸方向に伸びていて、西端は姫路、東端は近鉄奈良まで繋がっている。飲み会は目新しいこともなく、こういう繰り返しに育まれる馴れ合いも分からなくもないが、もう少し有意義な時間にできないものかと思いながら帰宅した。

2026/08/03:

 悪夢らしい悪夢を見た。過去の人並みのことができなかった記憶を並べた、羞恥とトラウマのリミックス。走馬灯かのようだった。普段はあまり夢を見ず、見たとしても極めて現実的なものばかりである。悪夢も所詮、ただの睡眠不足のせいだろうとも思う。
 出勤しようとすると、電車が遅延してホームに人が溢れていたので、それを言い訳にするように在宅勤務へ切り替えた。午前中はぼんやりし、午後から現場に出社して、今度はばりばり働いた。夕立が来て、局地的な大雨に現場でも声が上がっていたが、わたしは作業に夢中で、ほとんど外を見ることがなかった。
 木曜日には、広くダンスミュージックを扱うパーティーに出演する予定なので、選曲を詰める。ハウスもテクノもよく分からないが、今回は「そういう枠」で呼ばれているはずである。「わたしの選曲、それがジャンルである」と言い切るつもりでいる。

2026/08/02:

 前夜はなかなか寝付けず、遅めに起床。旅程を組み、本を読み、昼寝をした。
 夕方になって、今度は吹田のブックオフに向かった。日記を振り返ると、前回訪れたのは6月16日だった。こちらも7月からイオンの中に移転し、楽器や家電、衣類まで扱う、なんでもありの中古屋になっていた。レコード棚に目新しいものはなく、前の店舗の商品をそのまま運んできたように見えたので、細かく見るのは諦めた。
 最近は『ドラえもん』や『ジョジョの奇妙な冒険』といった、一般教養として読んでおきたい名作漫画の束売りを探している。しかし、中古本も今では一冊100円を下回らない。昔は10冊200円のセットなど、産業廃棄物になる一歩手前の本が大量に並んでいた気がするが、今は何にでも相応の値段がついている。『ジョジョ』は50冊7000円のセットがあり、価格としては悪くない。少し悩んだが、今日のところは見送った。
 買い物をして店を出る。吹田のイオンはアサヒビールの工場の目の前にあるため、売り場ではスーパードライが熱心に推されていた。素直に2本買ってしまった。

2026/08/01:

 やや二日酔い。昨日受け取っていた、水木しげる『遠野物語』を読んだ。河童以外にも、魅力的な話がいくつもある。メルカリで買っていた鯨庭版と、『100分de名著』の解説本も受け取った。一週間後の南三陸旅行に向けた予習のつもりである。
 昼寝をしたあと、7月26日に豊中にブックオフが開店したというので、覗きに行くことにした。自転車で15分程度。学生の頃なら大した距離ではなかったはずだが、今ではこれくらいでも億劫に感じる。レコード棚はしょうもない品揃えで、書籍にもめぼしいものはない。店内にはギターやオーディオ、服など、ほとんど何でも揃っていたが、掘り出し物らしいものは見当たらず、全体的に強気の値付けだった。レトロゲームも高い。最近は近くにハードオフも開店しているが、これは経済的に余裕のあった世代の生前整理品を見込んでいるのだろうか。コンテンツには簡単に触れられるようになった時代には、当時の「モノ」であること、それ自体に価値がつけられるようになってきた。なおもレコード棚を漁って、辛うじて持っていなかったナベサダ作品を2枚、ワンコインで購入した。
 店を出ると19時を過ぎていたが、暗くなってもなお、むわっとした暑さが残っていてしんどい。どこにも寄らずに帰宅し、ありもののパスタを茹でて食べ、『遠野物語』の関連作を読み、ぼんやりとレコードを聴いた。

2026/07/31:

 在宅勤務後、現場の飲み会。5年ほど一緒に動いてきたプロパ社員の異動で、いつもより賑やかだった。お店は日本酒のセレクトがよく、ついつい飲んでしまう。他愛ない会話をする。
 2軒目では、これまであまり絡みがなかった転職組のプロパ社員と同席する。転職するタイミングに悩んでいる。AIが出てきたことで、SIerやSESはどんどん減っていくだろう。移行の手伝いはすることになるかもしれないが、さすがに30年も仕事があると思えない。その頃にはまた働き方が変わっているかもしれない。転職は32歳がひとつのラインで、35歳までが限界。そんな、目新しさはない会話をする。
 別卓では若手勢がジョジョとディズニーの話題で盛り上がっていて、共通言語としての強さを思う。ぐでぐでになって23時に帰宅。泥のように眠る。

2026/07/30:

 7時に起床。珈琲を淹れて出勤し、ぼんやりと仕事。昼休み、白瀬世奈『良い子でいたら幸せになれるんじゃなかったのかよ』を読み進めた。旅行中の読書に適した軽めのエッセイだろうと思って買ったものの、他人の重めの人生話で、おまけに共感性羞恥を感じる内容もあって厳しい。文面の端々から生真面目さが読み取れて、また、抑圧の仕方が似ている。文章に勢いがあり、調子に乗っているようで鼻につくが、大学当時の文芸ゼミで提出した自分の文章が、しばらくそのように評論されていたことを思い出す。
 20歳の最後の頃、家から出られなくなった。記憶のない3か月の後で、旅行に出たり、ヒッチハイクをしたりして、多少の自信がついた。吹っ切れてきた頃は、自分の言動にも妙な勢いがあった。世間知らずなのに、無敵感に溢れていた。わたしには本に書かれているような家庭環境の悪さがあったわけではないが、環境の変化に我慢したり、取り繕ったりしてきたことが尾を引いていた。たとえば、学校の休み時間に、周りで自分の陰口をたたかれているのが聞こえても、唇を噛みしめて眠ったふりをしていた。その時間のツケ払いは、そのときに暴れたり誰かに頼れなかった自分の側に跳ね返ってきて、たんまりと払わされるのだ。机や椅子をぶん投げるくらい怒れた方が、よほど健康的である。
 メンタルブレイクというには生ぬるくて、人に言えたものではない。20歳の終わりはあらゆることを「生真面目さ」だけで乗り越えてきたツケを清算する時期だった。21歳の1年は、DJを始めて、知人のライブ物販を手伝い、タロット占いをやり、女の子とデートに行って玉砕し、詐欺の案内についていき、ひたすら飲み歩いていた。面白い出来事はたくさんあったが、一方で将来への漠然とした不安を抱えていて、何も楽しくなかった。本も読めておらず、後年に活きるようなことは何もできなかった。勉強は身に入らず、適当にサボってはベッドで横になり、ぼんやりYouTubeを見ていた。バイトに振り切ってお金を貯めたり、調子の悪い時期なりに違うことをすべきだったが、そんな頭もなかった。暇は作っていたが、お金はなかった。さらに、暇つぶしの引き出しがないと何もできない。中身がスカスカのまま、ぼんやり1年を過ごした。それから展開があったのは、就職活動の時期に入院して休学を決意したときで、そこから卒業までの1年半くらいが、すべての学生時代で一番充実していた。
 真面目にも種類がある。生真面目さのベクトルは、日常の最適化と、トラブルの軌道修正に向いている。逆に、刺激を感じるイベントを自力で起こすことは不得手である。そういったバイタリティには欠ける。まともにやると隙がないので、自分で起こしたイベントは、予想の通りにしかならない。だから他人を巻き込んで何か新しいことを、とも思うのだが、予測不能なことも今はしんどい。刺激がノイズにしか感じられない。結果的に、いろいろなものを排除してひとりになる方針を取っている。自分好みの刺激というものも、刺されてみないと分からないのだろうが、今は20歳の頃に似た詰まり方をしている。このところぼんやりしていて、何もしたくない。30歳がそういうタイミングというのは方々から言われているが、実際、大学生の頃のように、焦燥感を抱えて時間だけが淡々と過ぎている。

2026/07/29:

 前夜のこともあり、午前を在宅勤務にした。風邪もある。午後から出社したが、終日ぼんやりと、仕事と言えない仕事をした。休職していた上司は、紆余曲折の末、わたしの現場に入るらしい。予想はしていたものの、あまりいい報せではないかもしれない。いずれにしても、今年の後半は流れが変わりそうな気がする。
 サイゼリヤで夕飯を食べ、一時帰宅してから散髪。この半年、髪を切りに行っている理容室は、何をどうしても人が入っている雰囲気がない。平日は特にガラガラらしく、自然とそういう話題になった。なんでも、Googleアカウントが4つあり、どれを使えばいいのかよく分からないとか、ホットペッパーからしか予約ができないとか、予約まわりの導線がかなり混線しているらしい。普段、パソコン仕事をしているので忘れがちだが、インターネットまわりの手続きは、誰にとっても当たり前ではない。下手にアドバイスするのもよくないかも、と思いながら、ビラ配りをしよう、Canvaを使おう、という話をした。スーパーで食料を買い足して帰宅した。

2026/07/28:

 在宅勤務。昼ごはんに蕎麦。ぼんやりと労働。旅程を考える。ルート上の旅館や民宿なども検討。最近、どうせ夜ご飯を外で食べたりするのであれば、2食付きの宿に泊まった方が経済的なのではないか、などと考えるようになった。いつも飲み歩きをしなければいけないこともない。面白い店に当たることもあるが、最近は探すことに疲れた。食べ物は案外どこでも似たり寄ったりだったりする。似たり寄ったりを面白がれるようになりたい。
 昼休み、急にスイッチが入って、合間合間にキッチンを掃除した。ここ2年ほど水切り台を置いていたが、頻繁に掃除しない口実になってしまっていた。結局、アイテムは少ないほうがいいようで、撤去。キッチングッズも整理したほうがいいかもと、少し思う。また、阪急梅田のグランカルビーまで出かけて、手土産を入手。阪急梅田は自宅からドアドア30分くらいで往復できることが分かった。
 午後に熊本で大きい地震があり、大阪も気持ち悪く揺れた。夕食は鶏むね肉を焼いて食べた。SNSを眺めていて見つけた調理法で、塩胡椒だけの味付けをして、フライパンで片面30分くらいかけてじっくり焼く。油跳ねも少なく、美味しく仕上がった。定期的に作りたい。
 退勤後、軽くDJの練習をして、滋賀に移動。電車は遅延していた。B氏の生誕会。7インチレコードのマットを忘れて、針飛びが頻発した。ゲストとご近所だったので、終電で一緒に帰宅。1時頃に就寝。

2026/07/27:

 早起き。珈琲を淹れて出社。やんわりと風邪をひいた。夏風邪。現場は冷房が寒い。髪を切ろうかとも思ったが、いつもの散髪屋は臨時休業。仕事も相変わらず凪っている。AIに奪われているのではないか。気持ちだけ節約するために、どこにも寄らずに帰宅して、1玉30円のそばに納豆とオクラを絡めて食べた。
 昨日手配した怪しい航空券は、無事に確保されたようだった。座席指定も、電話番号やメールアドレスの切り替えもできた。一層、盆休みの旅程を考える。五所川原立佞武多を見に行く前半のルートはほぼ確定。
 しかし、東北は大ネタを行き尽くしてしまって、銀山温泉のような、一人で行くには侘しい場所ばかりが残る。旅館に行くこともよく考えるが、2週間前に盆期間を狙うには、さすがに厳しいだろう。ろくに行けておらず、かつ興味のある地域としては、八戸と遠野、酒田。旧伊達藩領の岩手県南と南三陸の震災遺構。宮城県なら鳴子温泉。近くに住んでいたことがある割には、案外行ったことがない。もう少し南の米沢や喜多方にも行きたい。しかし、それらを連結するには少し遠いので悩ましい。いったんルートだけ考える。

2026/07/26:

 ぼんやり過ごした。今年は夏季休暇をずらして取ることが難しそうなので、実家に帰ることを考える。Google Flightsを眺めていると、kiss&flyというOTAが、破格で伊丹花巻便を出している。片道1.6万円。怪しさはあるが、支払いまで完了した。あとは、チケットが確保されるかどうかである。検索すると、一応乗れたという報告もある。他国回線の怪しいルートで予約が取られているらしく、JALでもグレーらしい。ともあれ、帰る方向で考えることにして、旅程を構築。人生は短い。

8/7 伊丹花巻→実家
8/8 実家→弘前(五所川原立佞武多)
8/9 弘前→青森→帰宅
8/10 再出発→遠野→どこか
8/11 どこか→父方の実家
8/12 父方の実家→どこか
8/13 どこか→帰宅
8/14 岩手実家
8/15 岩手実家→帰阪
8/16 静養日

 こんな感じだろうか。五所川原の立佞武多は一度見てみたい。宿は弘前に1つだけ空いていたので、とりあえず取ってみた。直前で予約キャンセルも可能なので、いったんなんとかなるか。本当は東横インに泊まりたい。

2026/07/25:

 終日寝ていた。夕方に、茨木市にできたレコードショップをひやかして帰ってきた。特に収穫はなし。今後はDJバーも併設されるらしい。乗り換えなどを考慮すると、最寄りのDJスポットということになるのだろうか。
 何かの流れで、自宅近所の飲み屋の話題になった。飲んだくれの生活圏は狭い。

2026/07/24:

 在宅勤務。暇を持て余している。先日の説明会では、人がかなり余っているようで、雇ってもらっている側としては依然として厳しさを感じる。
 夜に月例のDJ出演。暑さで出歩いている人も少ないのか、少し疎らな雰囲気だった。利尻島の出演返礼品で頂いた鮭スモークが好評。月例出演も残り二回。その話をちらっとして帰宅。

2026/07/23:

 珈琲を淹れて出社。退屈に仕事をこなして退勤。
 定時退勤後に、部長との会食。話題は自然とAIの動向になった。内製化が進めば、SIerやSESといった業態は今後少しずつ成り立たなくなっていくのではないか、という会話をする。いよいよになったとき転職できるよう、今のうちに準備しておかなければ、と危機感を肌で感じる。
 深酒はせず、軽い酒ばかり飲んで、23時頃に帰宅。

2026/07/22:

 健康的な時間に起床して、珈琲を淹れる。すでに暑苦しいくらいの気温。洗濯を干して、ぼんやりしていたら、わりあい平常通りの出勤になってしまった。北海道もまあまあ暑かったが、こちらは殺人的な暑さで、涼しさに懐かしささえ感じる。
 仕事は相変わらず凪。旅行土産を配る。昼休みに眠くなり、しばし机に突っ伏す。メンタル不調で休んでいる上司のことが噂になっており、現場の人からも心配された。東京の部長が来ることになったので、会食のセッティングをする。
 退勤して、ジュンク堂に寄って帰宅。目的の本は発売日前で、足だけ疲れてしまった。

2026/07/21:道北(稚内・利尻・礼文) #6

 6時に起床。ここ一番で天気がよく、起きてまず、利尻富士を撮影。顔を洗って、荷物をまとめた後で、エントランスに降りる。皆、早起きだ。船の時刻表を眺めていたときに、ほかの宿泊者から今日の予定を尋ねられる。稚内をバスで巡ろうとしている旨を伝える。やや不便な時間帯の便しかなく、レンタカーはハイシーズン価格にもなっているので、なかなか難しいという旨を伝える。それを聞いていたひとりが「タイムズがある」と教えてくれる。調べると確かに、駅前と空港横のタイムズ店舗から貸し出している。稚内にタイムズのカーシェアがあるのは知らなかった。ちょうど空港までのバスから降りるくらいの時刻に、返却される車もあるようだった。早速予約をしようとすると、今度は免許証が古くて借りられない。5月末に更新したばかりだった。うーん、と頭を抱える。Yahoo!知恵袋によると、電話窓口から更新ができるようだった。船での移動中にできるか。
 同じフェリーで渡る組と宿を出発した。B氏は同日の飛行機で帰るので、ここで解散である。とはいえ、数日後に誕生日を祝うことになっている。フェリーターミナルで珈琲を買い、ポイントをゲットする。最後の最後まで粘ったところ1200ポイントを超えた。まもなく乗船が始まり、雑魚寝席に荷物を置いて、フェリーの後方で宿からの見送り組を待った。堤防に一列に並んで旗を振り、「また・こい・よー!」と叫んでいる。「まーた・くーる・よー」と返す。こちらは3人だし、船のエンジン音にかき消されて聞こえていない気がする。しかし、すっかりメンタリティが高校男児に戻って、羞恥心はなくなっていた。カメラで写真を撮って船内に戻った。
 タイムズに電話をすると、自動応答から始まってしばらくたらい回しになったが、まもなくオペレーターにつながった。あっさりと免許証の更新手続きが終わった。
 下船後、同宿の人と別れてバスに乗り、空港に向かった。稚内市は高い建物はないが、思ったよりも広い。ある信号を境に、急に真っすぐな道路と開けた平野に出た。北海道のスケールを感じる。空港に着き、スーツケースをコインロッカーに入れ、タイムズに向かった。タイムズの店舗が併設されていたので一応「カーシェア使います!」と伝えたが、「あっ、はい、どうぞ!」といった返事があっただけで、駐車場から借りるそれと変わらない。
 まずは宗谷岬に向かう。直線道路が気持ちいい。BGMにGalileo Galileiを流した。再始動後に初期の曲を歌いなおしたアルバムである。中学生の頃でさえ若々しすぎて恥ずかしい歌詞だと思ったが、リメイクされたそれは強度のあるポップミュージックに仕上がっていた。サウンドもいいが、歌い方の変化がいい。イケメンにどんな服を着せてもイケメンになる理論があるが、彼らもそのタイプである。
 宗谷岬の手前にセイコーマートがあったので、立ち寄って昼食を調達する。記念に宗谷岬で定食を食べてもよかったが、利尻島で外食続きだったので、少しジャンクな味のものが食べたくなっていた。パスタとおにぎりのセット、おかず2品で1000円くらいになった。宗谷岬に近づくにつれ、道が古くなり、より海岸沿いを走るようになった。
 宗谷岬は、平日にもかかわらず人が多い。ちょうど昼食時だったが、最北の食堂を掲げた店はすぐ入れそうな雰囲気。風邪が強いので、碑を眺められる位置に駐車して、さっき買ったセイコーマート飯を食べた。それから、最北の碑に立って記念撮影。周りの人にお願いして写真を撮ってもらった。結構いろいろな角度から撮ってもらったが、ポーズを変えるような臨機応変さが足りない。
 丘を登り、灯台をはじめとした様々なモニュメントを眺め、写真を撮る。GR4がなかなか使いこなせないが、撮らないことには始まらないと鼓舞する。
 それから、宗谷丘陵の端からドライブした。宗谷丘陵も感動的な絶景で、雲があったのが残念だが、本州にはなかなかない眺めだった。バスでは立ち寄れなかった。しばらく何もない道を走って、案内看板から白い道に入る。ホタテの貝殻を敷き詰めた道であるが、遠くに見える海に向かってなだらかに下る箇所が特に眺めがよかった。時折ある駐車スペースに車を停めては、景色に見惚れる。
 白い道を出て、今度は反対側に走る。空港を過ぎて、稚内市内を走った。案外複雑な道路で、斜めに交わった交差点など、進路に悩むところも多い。町が古く、除雪した雪を置いておく路肩も狭い。モータリゼーションの早かった地域だったのかもしれない。市内からノシャップ岬まではすぐだったが、ラッセンよろしく、水面から飛んでいるイルカのモニュメントがあるだけで、見どころは少ない。灯台を撮影して、ノシャップ寒流水族館に入館した。アザラシとペンギンが展示されている。都市部の水族館で飼われている個体よりも、爪先などの細部が少し痛々しい。館内は薄暗く、また湿気もあって水槽がよく見えない。1968年の開館だというので、さすがに老朽化が著しい。ドクターフィッシュ水槽に手を入れて遊び、他館では珍しい海水で飼われたイトウやオオカミウオの展示を眺めた。
 隣接する稚内青少年科学館も、北極探検隊やタロとジロの解説が中心で、しかし、令和ではやや古臭い。科学館というには、展示も雑然としている。逆に言えば、その地域の子供たちの育成を一手に担っているともいえる。他所の町が遠すぎるのだ。スタッフの「プラネタリウムの上映があります」というアナウンスが虚しく響いていた。
 再び車を走らせて、稚内市内に戻り、今度は山の上にある稚内市北方記念館に向かった。急でうねる道を登ると、少し古めかしい塔がある。入館料が発生すると思っていたが、無料開館日に当たった。まずはエレベーターで最上階に向かった。人はいなかった。稚内市内を一望できる。フェリーターミナルも小さい。雲はあるが、比較的天気に恵まれていた。窓が少し煤けているので、ガラスにくっつけて撮影する。
 再びエレベーターで下り、館内の展示を眺める。稚内市の栄えていた頃の駅構内配線図と、稚内アイヌの記録が読みごたえがあった。稚内にもアイヌ民族が住んでいたが、昭和中期で最後の伝承者が亡くなったと書かれていた。アイヌというと日高地域や、白老といった南の地域を思い浮かべる。実際、分布図を眺めても稚内周辺は白い。
 カーシェアの返却時間が近づいていたが、やや時間が余っている。こんなときは地元スーパーだろうと思って、稚内市郊外のスーパーを目指した。市内にスーパーが見当たらないと思っていたが、郊外まで来ると他所の地方都市に変わらず、DCMやモスバーガーなどもある。スーパーでは「めんみ」と、見たことのない油そばの「やきそば弁当」を買った。「めんみ」は、北海道で取り扱われているキッコーマンの麺つゆである。
 カーシェアを返却して、コインロッカーの荷物を回収し、空港の売店でばらまき用のお菓子を買った。新千歳で乗り換えだが、あまり時間がなさそうだ。DJ出演に際してプレゼントされた品々の袋はお土産でパンパンになっていたが、手荷物検査を抜けた。飲料チェックに引っかかったが、袋をのぞき込んだ空港係員がキャップで「ああ、『めんみ』か」と判断していた。よく見るのだろう。
 稚内からは初めてプロペラ機に乗ったが、普通の飛行機と変わらない印象。よく北海道の飛行機は医者しか乗らない、などと言われているが、空席はなく、海の日の連休を引き延ばした乗客が多かった。新千歳空港で乗り換えのときに、軽い夕飯と牛乳ソフトを食べた。神戸空港を出てポートライナーの先頭に乗って景色を眺め、三ノ宮からはJRで帰宅。

2026/07/20:☆道北旅行(稚内・利尻・礼文) #5

 朝起きて、B氏とレンタルバイクを借りに行った。道すがら、宿を先に出たペアが原付バイクに乗りながら「もうバイクないかも〜」と言うので、慌てて走って向かったが、ちゃんとバイクはあった。整備不良車ばかりと脅されていた割に、借りた原付は新車のようだった。昨日までのフェスと酒の疲れを引きずったまま、今日は島を一周するらしい。B氏はある種、クローズドな世界攻略に長けており、利尻島のことも知り尽くしている。いち旅行者のわたしが敵うわけないので、島での時間はもう振り回されることにしている。
 まずは朝食に、さとう食堂で海藻ラーメンを食べた。海藻から出汁が出ているのか、シンプルな塩味なのに深みがある。胃にやさしい。B氏はこの店舗のうに丼価格を毎年定点観測している。バフンウニは今日はなかった。
 そこから、島を時計回りに巡りながら観光地を辿り、利尻クエストのポイントをゲットしていった。姫沼で利尻富士を眺め、利尻島郷土資料館に行き、最北のファミリーマートらしき個人店に立ち寄る。オタトマリ沼、南浜湿原などのポイントスポットも順調に巡った。昼食に、利尻町の「利尻ピザ by GOLLEY’S」でピザを食べた。窯焼きで美味しい仕上がり。そのあと、霧の見返台園地に上り、ミルピスを飲んで戻った。ややサブカル的なコンテンツ過多。
 温泉に浸かってから、昨日行けなかった中華料理屋で夕食とした。B氏は麻婆豆腐に詳しいが、わたしは辛い物全般が苦手なため炒飯を注文した。すると、店のおかみから「ここに来て食べないの? 後悔するよ?」と、あたかも細木数子の「地獄へ落ちるわよ」ばりの発言を受ける。しかし、辛い物は得意でないのだ。
 別の店で軽く飲んで宿に戻り、やはり宿泊者と一緒にエントランスで他愛ない会話をした。毎晩、どこからともなく人が集まり、誰かが島の情報を持ち寄っている。話題の中で、今日の細木数子事件は、いつの間にかあき竹城事件に変わって伝わっていった。
 23時頃に就寝。

2026/07/19:道北(稚内・利尻・礼文) #4

 7時に起床。荷造りをしてエントランスに下りた。エアコンのない部屋で寝られるかと思ったが、ここは北海道。岩手の実家も、近年までエアコンなど入れていなかった。雨が降りそうで降らない天気。宿泊者たちは稚内1便の出発に合わせて、衣装を着て出て行った。まもなくB氏も起きてきて、会場に向かう。
 テント設営を手伝い、近くの珈琲屋で珈琲を買った。クロワッサンも一緒に購入。1000円。当然、利尻クエストでポイントも入手する。主催から、振る舞いのたこめしを頂く。まもなくテントはできたが、音響がなかなか来ないので、自前の機材から音を出して遊んでいた。開場15分前に、運動会で使うような古めかしいスピーカーが届いて、いそいそ配線。開場して早速、続々と観光客と地元客が来た。
 1ターン目はB氏がDJをする。北海道や地元にちなんだセレクト。レコードからデータに起こしてもいるらしい。1時間ほどのんびりやって、見送りイベントのタイミングにバトンタッチ。ちょうどミドル層が薄く、上か下しかいない。80年代の楽曲をかけた。その間にも、島民向け企画が進む。昭和歌謡は反応がいい。
 次のB氏のターン。しばし会場を散策。利尻クエストのQRコードを付けたスタッフや、隠しポイントもゲットする。ウニの殻剥き体験は今年から有料となったというが、それでも500円。礼文のものよりは小さいが、割った後にスタッフが身を分けてくれた。当然、美味しい。
 ブースで談笑していると、若いスタッフからどんどんビールが渡される。クイズ大会では、B氏はドラムロールやベストテンの発表SEなども用意しており、場を盛り上げていた。ここでは、DJを超えて広く音響担当なのだった。今後のフェスのために、わたしも用意しよう。
 3便目の稚内便を見送りに向かった。昨日、宿で練習していた歌を歌って、うろ覚えで踊る。ブースに戻ってDJ3ターン目。その頃にはクタクタになっていた。最後の1時間はB氏が節操なく楽曲をかけて、「若者のすべて」で締めていた。
 10時から19時まで。撤収を終えると20時。現場が片付いたところで、宿に戻ってシャワーを浴びた。昨日寄った銭湯に、洗面グッズを忘れてしまったことに気づいた。  まもなくやってきた主催に連れられて、島の場末のスナックに行った。主催とB氏、わたしに似たちょっと俯瞰で周りを眺める若者と、利尻島のことを話す。傍らではカラオケが盛り上がっていて、わたしも一瞬だけ参加した。金色のガッシュ!やデジモンといった同年代アニメのOPが歌われている。「利尻島にはこれくらいしかコンテンツがないからね」と自虐的に言われる。毎年若めの酒のノリで大変なことになる、というふうに聞いていたが、今年の主催は一日動き回ってクタクタになっていて、遅くならないくらいにお開きになった。  宿に戻って、やはり宿泊者同士で情報交換をし、23時頃に就寝。

2026/07/18:道北(稚内・利尻・礼文) #3

 朝6時、音割れした北原ミレイ「石狩挽歌」でたたき起こされる。何十分か前からぼんやり目が覚めていたが、シンとしたホステルに突如響く大音量には飛び起きざるを得ない。シーツを畳み、荷物をまとめてチェックアウトする。連泊も勧められるが、そう推されるのがこの宿なことも分かってきて、にっこり「次に向かいます」と伝えた。宿を出たところの眺望がよい。天気はまだもっていて、ところどころ青空ものぞかせる。一晩では乾ききらなかった洗濯物は宿の乾燥機に放り込んだが、何度回しても乾燥機のパワーが足りないのか、生乾きのまま諦めた。バイクで出発する組を見送ったり、大塚愛「SMILE」を聴きながら雑巾をかけたりと、余興に振り回される。礼文島のフェスがあるので、朝の便で一緒に港に向かった。第1便の稚内便の乗客を昨夜の珍妙な踊りで見送り、手を振って、「また・こい・よー!」と声を張り上げる。
 朝便でやってきた宿泊者がドナドナされていったところで、常連らしき組に付いていった。土産物屋の並んだ一角に昨夜のヘルパーのご家族が経営するパン屋があり、それがとても美味しいという。その組はそそくさと歩いて行ってしまったので、フェリーターミナルで残りの組とベンチに座った。一人の宿泊者から、利尻島にこれから行ってDJをするのだという会話で、「ああ、B氏の友達ね」と理解してもらった。話が早い。明日からの宿泊先も一緒らしい。近くの売店でサッポロクラシックを買ってきて、飲みながら話を伺う。礼文島のフェリーターミナルは補助金もりもりで、バリアフリー化のために施設を建て替えたとかなんとか、長年通っている人らしい含蓄ある話を聞いた。
 俄かにフードフェス待ちの人が動き始めた。少し日が照って暑い中、何も分からないまま列に並ぶ。何の列か尋ねると、ウニの殻割体験らしい。100名限定だが、タダで生のウニを食べられる目玉企画らしい。目の前ではホッケが焼かれていて、それもフリーで配られるのだという。至れり尽くせり。殻割体験の券を貰って、フリーホッケを貰い、ビールを買って一息。ホッケが美味しい。米も食べたいが、この後も利尻島を案内してもらう予定で、初手から利尻ラーメンを食べる予定なので、炭水化物はセーブした。殻割体験では、かなり大きめのウニを頂いた。身質もいい。
 船の時間が近くなって集団と別れて、一人フェリーターミナルに向かった。桃岩荘のヘルパーもフェスに来て昼食をとっていた。スーツケースを受け取り、乗り場に向かう。マダムたちとしばし会話する。ツアーで来ていて、これから利尻島から飛行機で帰るのだという。船内で他愛のない会話をしていたら、1時間ほどはすぐに過ぎて、まもなく利尻島に到着した。「やっぱり若いうちに旅行よ」といったことを、しきりに言っていた。
 B氏はバスでやってきた。早速、利尻ラーメンの名店「味楽」の本店に向かう。昼営業のギリギリの時間帯だったが、行列もなくすんなりと入店。まもなく来た利尻ラーメンは、昆布だしのよく効いた、しかしきちんと醤油ラーメンという新感覚の味で、抜群に美味しい。
 それから、アイスクリームを食べる。その店舗で、利尻クエストなるイベントを始める。利尻島にあるQRコードを読むとポイントが貯まって、得点数に応じた景品に応募できるというもの。「さっきの店で始めたら、さらに50ポイントついたのに」「後悔するよ」などとB氏に唆される。実際、これからの3泊4日でだいぶポイントが貯まった。銭湯に入って、セイコーマートで今日明日で飲む飲み物を調達し、利尻富士町に向かうバスに乗車した。近所にセイコーマートは無いらしい。バスの中の会話で、SNSから見えない人となりを知る。
 宿にチェックインすると、さっき礼文で別れた旅行者と再会した。すでにわたしのことも伝わっており、「よろしくお願いします。さぼりさん」と出迎えられる。ある意味、田舎コミュニティ。噂は一瞬。荷物を置いて、機材の調整に下に降りると、オーナーの息子がギターを練習していた。現在は滋賀県に住んでいて、明日の催しのために帰省しているらしい。機材から音を鳴らして、昨日のフェリーで聴いた「稚内Do!」という曲をその場でダウンロードする。フェリーで聴いたとき、歌唱が抜群に上手いのでShazamしたところ、中西圭三が歌っていた。ブラックビスケッツ「タイミング」やZOO「Choo Choo TRAIN」の作曲者である。そのことで少し盛り上がる。フェリーで来た組からは「なんか旅情が足りない」と不評だったことも面白い。
 夕飯に宿を出発する。中華料理屋を目指していたが満席クローズで、近くのカレー屋が開いていたので入った。なんてことない一昔前の喫茶店の雰囲気。二人でタコカレーを注文した。なんでも、利尻フェリーターミナルに入っていた店で、普段はクローズしていることが多いという。盛り上がっているが、何もかもが初めてで、全く分からない。ひとまず、レアであることは分かる。カレーの価格に少しひやりとした。瞬く間に減っていく現金。令和でも離島では現金主義である。ATMくらいはあると聞いて一安心。
 セイコーマートで水を買ったときに、明日のフェスの主催者と挨拶をして、宿に戻った。宿ではちょうど、船の見送りの踊りの練習が行われていた。歌詞カードを渡されて、何も分からないまま歌を歌い、踊る。完全に巻き込まれている。礼文島のデジャヴを感じた。そのあとは、宿泊者と談笑し、ボードゲームでひとしきり盛り上がって、23時頃に消灯。まもなく就寝した。

2026/07/17:道北(稚内・利尻・礼文) #2

 5時半に起床。朝風呂とサウナを浴びてからチェックアウトし、7時には札幌駅に移動。以前から、駅のコンコースにある「札幌駅立売商会」の駅弁が気になっていた。人気No.1という「石狩鮭めし弁当」を購入。かつて立川の駅弁工場で働いたときの思い出が蘇る。劣悪な環境で外国人労働者が暴言を浴びせられながら働かされていて、床はネズミも走っていた。以来、駅弁が苦手で、旅先でも買うことが少ない。
 ホームに上がると、ちょうど乗車する特急列車が入線してきたところだった。車両の両端を、カメラを持って撮影する。さて、乗るぞと思ったときに、切符が無くなっていることに気づく。発車まで10分を切っている。階段を駆け下りて、弁当屋に行き、改札の駅員に聞き、キオスクの店員にも尋ねた。誰も届いていないと答える。そうなると、どこかでスマートフォンを取り出したときなどに、ポケットから落ちたに違いない。来た道を辿るようにコンコースの階段を上っていると、裏返った切符が見つかった。助かった、と一安心もつかの間、列車の発車ベルが鳴る。ぜえぜえしながら列車に駆け込むと、まもなくドアが閉まった。朝から心臓に悪い。自分の座席に座ってため息をついた。
 札幌から旭川までは、ザ・幹線という感じで、あまり面白みがない。旭川から名寄までは北海道を感じ、名寄以北はだんだん貧相で揺れる路線となっていった。途中、二度ほど眠たくなって寝てしまった。移動中、サニーデイ・サービスを聴いていたこともあるかもしれない。景色の変化は乏しく、駅と駅の間は長く、ひたすら遠くの山と畑が続く。たまに町になって、またひたすら単調な田舎である。
 気になったのは、幌延駅の手前でサイロに描かれたストレイシープのイラスト。「大スキ」とも描かれているが、詳細が全くない。写真に収め損ねてしまったが、あとでGoogle Mapをくまなく見ると、見つけることができた。勝手に「ポーのサイロ」と名付けて、地点登録もした。
 利尻富士を眺めようと座席予約を凝ったというのに、あいにく曇って見えないまま、定刻で稚内に到着。乗り通した猛者たちが、北の果てに来た記念撮影をしていて、自分もしばしホームに残って写真を撮った。
 駅から出て、北防波堤ドームを眺める。かつて稚内と樺太を結んでいた稚泊航路の記憶を残す、ハイカラなドームである。ただ、改修工事が行われていて奥まで見渡せない。看板だけ撮って引き返した。セイコーマートで、これから行く礼文島のユースホステル「桃岩荘」で食べる夕食を調達し、フェリーターミナルに向かった。
 昼食に悩んで、ターミナルのレストランに入った。カツラーメンなるメニューが気になって注文。文字通り、カツとラーメンだった。セイコーマートで調達してもよかったと若干後悔。
 フェリーに乗り、売店でクマザサアイスを食べた。抹茶のような味わい。買った後でビールも売っていることに気づいて、ビールも買った。桃岩荘の話は幾度となく聞いていたが、あまり向いていなさそうな宿であることも、なんとなく分かっていた。だんだん緊張してきて、アルコールで誤魔化す。飲み干して少し酔いが回り、ぼんやりし始めたころに到着した。下船時にフェリーの外を眺めると、旗を振っている集団がいる。「あれ」らしい。
 集合場所に、同じフェリーで来たのだろう乗客が続々と集結する。半分以上はリピーターのようで、年齢層も高めだった。初参加者はトラックの荷台に乗せられる。トラックにも名前がある。大声で「出発進行!」と叫ばないと出発しないお約束があり、トンネルで「知能・教養・羞恥心」を捨てさせられる。トンネルを抜けると桃岩時間が適用されて、時間が30分進む設定。到着すると、パーカッションを持ったヘルパーと先客に盛大に出迎えられた。
 チェックインして、ベッドメイキングをし、シャワーを浴びて、持ってきたセイコーマートのおにぎりを食べた。
 ミーティングは1時間半ほどかかり、寸劇をし、声を出して、踊らされる。昭和を引きずった高校の応援団のような感じで、驚きは少なく、むしろ懐かしさを感じた。令和を生きる学生には新鮮な儀式かもしれないが、わたしが学生くらいの頃にはまだ残っていた。もっと過激なイメージを持っていたものの、理不尽な儀式さえ可愛げを感じる。しかし、こういった由緒正しいユースホステルは今どき残っていない。ユースホステル自体は以前に泊まったことがあったが、当然このような雰囲気ではなかった。
 わたしの前列に、ミーティング中もずっとスマートフォンを触っている常連らしき人がいて、非常に興醒めする。劇に扮するヘルパーも「存在しないもの」として扱っていた。少なくとも最前列に座っているのである。全員を巻き込む儀式なら、場を握っているヘルパーがいじって場に戻してもいいのではないか。そう小細工を教える大人がいてもいい。自治と言いながら、馬鹿になれる「ノリ」だけが残っているようにも見えた。形式だけ残った歴史ほど、しょうもないものはない。
 終了後はまたフリータイムとなり、何人かの宿泊者と喋った。ヘルパーの年齢は若そうな印象。後日聞いたところでは、大学生や、就職を蹴ってつくった休みなどを利用して参加しているという。ぜひ宿のファンになってください、という執拗な勧誘もある。人の好き好きであるが、あらゆるものに巻き込まれている側なので、細かいことも気にならない。標準時の22時に消灯。わたしの上側で寝ている人のいびきがしんどく、寝落ちるまで時間がかかった。

2026/07/16:道北(稚内・利尻・礼文) #1

 朝に荷物をまとめて、10時に家を出た。梅田の紀伊國屋書店で、移動中に読む本を買う。Amazonで目星をつけていたもの。会計でカードを使おうとすると、なぜか使えず、いったんICOCAで支払った。
 それから靴を買いに行く。考えていたKEENのジャスパーというモデルは、スエード素材なので雨降りではあまり勧められないと店員に言われ、まったく考えていなかった灰色のモデルを購入した。ジャスパーよりもお高め。サイズ感は最後までよく分からないまま、厚めの靴下を履く想定で選んでしまった。店員との会話は苦手である。まあ、靴擦れしなければいいか。結局、KEENの店舗でもカードが使えず、大阪市の商品券があることを思い出して、それで支払った。ユニクロで靴下を買った時も使えない。利用上限も来ていないので、不思議に思ってSNSを見てみると、Visaカードのトラブルか何かで、一時的にクレジットカードが使えなくなっていることが話題になっていた。
 いったん帰宅して、靴を履き替えて再出発した。すでに汗まみれでしんどい。御堂筋線で北上して、千里中央からモノレールに乗り換える。御堂筋線は箕面方の先頭車両に乗っていたが、梅田方に乗るのが正解だった。モノレール駅は空調がまるで効いていない。暑さに負けて、自販機でペットボトルの水を買う。伊丹は遠い印象だったが、北摂自体の移動は近い。
 伊丹空港に着いて、すぐに搭乗手続きを済ませる。店を冷やかしても面白くないので、早々に保安検査を通過した。制限区域内のショップに、京都醸造の「週休六日」という名前のビールがあって、これからの六日間に期待して買って飲んでみるも、あまり好みの味ではなかった。それから、午前に買った本のページを開いてみるも、内容がヘビーで読み進まない。搭乗後、音楽を聴いて、iPadのKindleに入っている適当な電子書籍を読んでいたら、あっさり新千歳空港に到着した。1年半ぶりの北海道である。
 荷物を受け取ってJRに乗り換える。指定席は先まで埋まっているので、自由席で行くことにする。券売機で明日の特急の切符を発券。なんとなく1本乗り過ごして、確実に座るほうをとったが、案の定、帰宅ラッシュとバッティングして、北広島あたりからとんでもない乗車率になった。へとへとで、札幌駅のコンコースに吐き出された。
 買いそびれていた長めのRCAケーブルを駅近のコジマで調達してから、宿泊先に向かった。平日にもかかわらず東横インが取れなかったので、サウナ付きのカプセルホテルを選んだ。前回、札幌に宿泊した際にもここに泊まったのだが、館内施設名がやや幼めなノリのネーミングセンスである点以外は、概ね快適な宿である。
 夜は札幌のマイクロブルワリーのビールを飲みに行って、味噌バターコーンラーメンを食べた。回転寿司の「ぱさーる」は混んでいた。人恋しくなって、DJバーでもひやかそうかとも考えたが、それよりも疲れが勝った。明日の朝も早いので、宿に戻って22時には眠った。

2026/07/15:

 出社日。昨日もらったパンを忘れて出社してしまった。相変わらず凪っており、ろくなタスクが降りてこない。ルールも何もないタスクをいちから組み立てるのは、結構しんどさがある。定時のあとに、自社の上長面談が設定されていたが、なくなったのでそのまま帰宅した。
 明日から六連休。半年前から計画していた道北旅行であるが、準備がままならない。まず、荷物をどうするかが悩ましい。前半は1日ごとに拠点を転々とする、気合の要る旅程だ。スーツケースを転がすのは嫌だが、バックパックにDJ機材を背負い続けるのもしんどい。とはいえ、旅行の持ち物はすぐ揃うので、寝て起きて考えることにする。
 それから、まともな靴がない。帰宅しながらはっとして梅田の石井スポーツに立ち寄ったが、ラインナップがいまいちだった。2万円程度のハイキングシューズでは、どことなく安っぽさが滲む。KEENのものはスニーカー寄りのデザインで悪くなさそうだが、足に合うかわからない。目星はそう多くないので、明日朝に荷造りを済ませて、もう一回探しに出られるだろうか。だめなら、捨てる靴を履いて出て、札幌で探すことにする。
 DJの準備も全くできていない。ただ、こちらは悩むポイントを誤っていて、場面に合わせねばと、無限の選曲を考えて憂いていた。今更、自分が知らない曲をかけても仕方なく、できることをするのみである。楽曲の準備はほどほどにして、あとはその場に合わせることにする。WAVのアーティスト情報が取れない件は、iTunes上でファイルをMP3に置き換えて解決した。持ち歩く楽曲も和モノに限定し、べたべたなものも含めた2000タイトル程度用意。また、楽曲整理にPCを持ち込むか悩んでいたが、やりすぎるとDJツアーになってしまう。あくまでわたしの旅行なのだ。構成を考えあぐねた結果、今回から旅のお供にするiPad miniに、ハブを経由させてUSBメモリへ保存することを思いつく。母艦HDDからSSDスティックに楽曲を移したほか、メイン選曲のバックアップをもう一本作成。これで、機材さえ動いたら、概ねなんでもできるはず。
 そもそも、明日は半休する予定だったが、現場側の休暇に伴って有給休暇の取得推奨日になっていた。それだったら、より早い便の飛行機を取って札幌でのんびりすればよかったが、セールで取ったものなので変更はできなかった。何もかもが後手である。勢いだけで出発しても、すべてが眩しく楽しい時期はとっくに過ぎたのだと言い聞かせながら、意識だけは大学生のまま。

2026/07/14:

 在宅勤務。午前中、Amazonのセールで購入したあれこれを受け取った。大したものは買っていない。シェービングジェル、Hanesの黒シャツ、タオル、オムロンの体重計。体重計はアプリに連動して、結果が自動で記録される。とても便利である。タオルは一度洗って吸水をよくする。大学生の一人暮らしの頃はぼろ雑巾のようになったタオルを使っていたが、このところは毎年セールの度に買い替えるのが習慣となった。1年使ったタオルを並べると、劣化が明白。
 勤務を終えて涼しくなった時間に、珈琲豆を買いに行くと、系列店のパン屋のくるみパンを頂いた。すっかり常連になってしまった。明日の朝食にしよう。
 この1年分の日記は、すべてアーカイブにした。先月末、試験的にアーカイブページを作成して、その日までの日記をすべて移し替えていた。いちおう表示テストと称して2025/07/14から書いているので、7月14日を区切りにする。気分で並び替えるかもしれないが、まずはいったん。

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